「沖縄で一番有名な会社を創る」
躍進を続けるいえらぶ琉球代表取締役
「新井 つかさ」のビジョンとは

今回話を聞いたのは、 いえらぶ琉球代表取締役の新井 つかさ。
いえらぶGROUPには2011年に中途社員として入社。
前職の仕事内容や転職のきっかけ、いえらぶGROUPへ入社を決めた理由、そしていちデザイナーからいえらぶ琉球というGROUP会社の代表に至った経緯、さらにはいえらぶ琉球の今後まで幅広く話を聞かせてもらいました。

前職~いえらぶ入社までの歩み

― 新井社長、本日はよろしくお願いします!
久しぶりかつ新井社長へのインタビューという事でいつもより緊張していますが、良いブログが書けるように、突っ込んでいきたいと思います。

新井:楽しみにしています。こちらこそよろしくお願いします。

― 早速なんですが、新井社長は中途でいえらぶに入社したと思いますが、前職ではどのようなお仕事をされていたんでしょうか?

新井:前職では不動産会社専門の広告代理店でグラフィックデザイナーとして、 新築マンションや分譲戸建ての折り込みチラシや交通広告(交通機関や交通関連施設、また移動性のある車両やその施設に付随するスペースなどを利用した広告)、パンフレット、図面集、モデルルームの内装や外装デザインの仕事をしていました。

新卒でデザイナーとして雇ってもらえて、大好きなデザインの仕事ができて毎日楽しかったのですが、ウェブが主流となる時代の流れの中、紙のデザインだけではデザイナーとしてずっと食べていけるか不安になりウェブデザインを学べる環境に、と考えていえらぶに転職しました。

前職は社員数7名の小さな会社だったので、入社したときから「2~3年で力をつけ、2~3年恩返しをして5年くらいで大きな会社に転職しよう」とぼんやり考えていたのですが、予定通りちょうど丸5年たったところで転職することになりました。

いえらぶに入社を決めた理由

― ウェブデザイナーといっても、いえらぶ以外にも数多くの企業が募集していたと思います。特に東京であれば。
その中でも、いえらぶに入社を決めた理由って何だったんですか?


新井:まず、前職で学んだ不動産知識を活かせること。

もともと不動産に興味があって不動産業界と関わりのある職についたわけではなく、未経験でもデザイナーとして拾ってくれた前職がたまたま不動産専門の会社だったので、そこで業界について学ぶことができ、「不動産業界にはお金がたくさんある」ということを知りました。

不動産業界は市場規模が大きく、そのぶん自分の取り分を大きくできる可能性が高い。長く身を置くには良い業界だと感じていました。

そこで、「不動産 ウェブデザイナー 未経験」で検索してでてきたのがいえらぶでした。


私がいえらぶへ転職を決めたポイントとしては
・ウェブデザイン未経験でも雇ってもらえる
・不動産業界
・自社サービスをもっていて将来性がある

(受託は大変そうなので自社サービスを持つ会社がよかった)
・社長の人柄がいいと思った

という所に惹かれて入社しました。



正直転職活動は面倒くさいし「次勤める会社は定年までずっと働ける会社」というのも考えていました。その点、不動産業界でサービス展開をするいえらぶはぴったりでした。

あと、大きな会社で偉くなるのは大変だけど、これから大きくなる会社に今のうちから入っておけば、大きな会社の偉い人にカンタンになれる!とも思っていました(笑)
(これも今のところ予定通り!)

社長(現いえらぶGROUP代表取締役 岩名泰介)の人柄についてですが、当時ちょうど辞めてしまったスタッフがいて、それをすごく悲しんでたんですよね。

正直、会社で人が辞めるのって普通のことで、それに一喜一憂していたら社長なんて務まらないと思っていたので、人が辞めたことにこんなに感情出して悲しんでる社長って珍しいな、おもしろいな、いいかも!と思ったのを覚えています。

みんなそれぞれの夢や目標があって素敵なメンバーばかり

入社~沖縄支社責任者までの歩み

― なるほど。確かにデザイナーは実務経験3年以上じゃないと転職は難しいと聞きますからね。
ちなみにいえらぶ入社当時はウェブデザイナーとしてどのようなお仕事を担当されていたのでしょうか?


新井:不動産会社さんのホームページ制作をしていました。
デザインにつかうソフトがillustratorからPhotoshopに、作業PCがMacからWindowsに変わったので最初は戸惑いましたが、いえらぶのホームページはかなりシステム化されていて、コーディングの知識がなくても作れてしまうので、入社してすぐに自分の得意分野であるデザイン技術を活かして仕事ができたのはよかったです。

得意分野がデザイン技術!!ぜひ私も言ってみたいです。
その当時はまだ東京に居たと思うのですが、そこからなぜ沖縄に来ることになったのでしょう?


新井:入社してちょうど1年が経ったころ「沖縄にデザインセンターをつくる」という話があがりました。

わたしは田舎育ちだったので当時勤務していた新宿が都会すぎで「もっと自然のそばで暮らしたい。山の見えるとこで暮らしたい」と思っていました。
那覇に来てみたら都会なうえに山もなかったんですが(笑)


場所に関してはそれぐらいで、元々こだわらないタイプだったので「自分がやるのが一番会社に貢献できる!」と思って立候補しました。

当時社長に「なぜ新井が責任者として最適なのか」を長々と書いたメールを送り付けた覚えがあります。

1年で環境は変わる

凄い行動力ですね!私も見習わなければならないところですね。
そこから実際に新井社長が責任者に決まったと思いますが、初めてやる事に順風満帆なことなどないと私は思っています。
もし、挫折経験があれば教えて欲しいです!


新井最初に雇った3人が1ヶ月半で全員やめちゃったことですね!
自分自身、会社の将来性を感じて入社しているので、特にマネジメントとか必要ないやろって思っていたのですが、気が付いたらみんな会社に来なくなりました。その時は本当に落ち込みました。

やっぱりリーダーをやる人は、リーダーシップやカリスマ性のある人でないとダメなんだと思い、自分は向いてない。東京に帰りたいとも思いました。

社長に「私は向いてなかったから、もっと優秀な人と交代させてほしい」と相談したら「ダメだよ新井さん、自分でやりたいって言ったんだから、大丈夫だよ、困ったらちゃんと相談にのるから」と言われました。

「確かに自分でやりたいって言ったしな~、仕方ない!まずは1年は頑張ろう」と思って、最初の1年をとにかく必死に過ごしました。

そして支社立ち上げから気づけば1年が経ったころには、スタッフも定着してくれて、責任者としての役割も楽しくなってきていました。

会社のビジョンや私についてきてくれてる大切なメンバー

いえらぶ琉球の今後

― 今では離職率もどんどん減ってきて、管理職もどんどん増え、昔より確実に成長しているいえらぶ琉球ですが、現状に満足ってされていますか?

新井:何言っているんですか、社長が満足しちゃったら終わりですよ!
私たちには「沖縄で一番有名な会社を創りたい」というビジョンがあります。

まだ沖縄で一番有名な会社を創れていませんし、やりたいこと、やれることがまだまだたくさんあります。

例ではありますが、いえらぶ保育園もつくりたいと考えていますし、いえらぶ琉球発信の新事業や支社もどんどん創っていきたいです。

― 今回長い間お時間いただきまして、本当にありがとうございました。
最後にいえらぶ琉球と新井社長のこれからの将来像を教えていただいてもよろしいでしょうか?


新井:いえらぶ琉球は沖縄で一番有名な会社になります。
たくさんの人や企業に価値を提供し、スタッフもその家族も、そして地域の人全員がいえらぶを好きになってもらえるような会社を創っていきます。

そうなれば私は社長を誰かに引き継いで、どこかに次のいえらぶ琉球をつくりに行くのではないかと思っています。

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この記事を書いた人

かみやっくす
かみやっくす
1991年生まれ、沖縄県出身。
沖縄国際大学を卒業後、設立2年目のいえらぶ琉球に新卒1期生として入社。
Webコンサルタント→営業を経て人事担当者へ。現在では新卒・中途・アルバイト全ての採用に携わる。